社長ブログ

【こおろぎ】が届きました

(2006年12月09日)

こおろぎいじめと自殺

このところ子ども達の自殺が続いて、とても残念に思っています。
もし自分の子どもが自殺をしたら、どれほど辛いことでしょう。残されたご両親や親族の方の気持ちを思うと、子を持つ父親としてたまらない気持ちになります。
私のところにもいじめられている子どもや、自殺未遂をした人が来ることがありますので、私なりの意見をまとめておきます。

まず、「いじめ」についてですが、いじめられている子どもの多くは、親に相談をしません。それはいじめられていることを恥ずかしく思っているからです。集団からいじめられると、弱い自分を繰り返し人前にさらされることになります。それによって自己評価(自分に対する価値観)を著しく下げてしまうのです。両親が好きであればあるほど、ダメな自分を知られたくないと思うのは自然なことでしょう。

しかし、「いじめられている子」と「いじめている子」のどちらが恥ずかしいことをしているのでしょうか?集団で一人をいじめることは卑怯なことです。いじめをすることこそ恥ずかしい行いなのです。ところが私達大人は、現代を「どう生きることが美しいか」という価値観から、「やった者勝ち」をいう文化に作り変えてしまいました。いじめている子ども達の関心も、いじめが恥ずかしいことかどうかではなく、いじめが楽しいかどうか、いじめがバレないかどうかに向いているのです。

いじめをなくすためには、子どもたちに、「いじめられることは恥ずかしいことではない。いじめることが恥ずかしい行いなのだ」ということを大人の姿で伝えていく必要があると私は思います。

たまに「いじめられる子にも原因がある」という意見を聞くことがありますが、これは「理由があれば、いじめても良い」という意味と同じことです。果たして原因があったらいじめても良いのでしょうか?弱い立場の人は、いじめる理由があったとしても、いじめることはできません。ですから、私はこうした考えをとても恐ろしく思います。

ところで、「自殺」の責任はどこにあるのでしょうか?
いじめた子、いじめられた子、見ていて何もしなかった子、いじめた子の親、いじめられた子の親、学校(先生・校長など)などがあげられますが、私はいじめた子にいじめたことの責任があるように、自殺した子に自殺の責任があると思っています。「責任がある」ということは、「その人にチャンスがある」ということです。自殺を止められるのは、本人だけなのです。

実は先日、自殺の恐れのある方を病院に連絡して入院させてもらうことにしました。しかし、その方は病院の中で自殺してしまったのです。本人が死のうと思ったら、それを止めることはプロでも難しいことなのです。ですから死にたいと思う前に相談できる関係を作る必要があるのです。

私の父は遊びで借金を作っては親戚からお金を借りていました。
その父が小学生の私に、「保之、お前も大人になるまでには、自分ではどうにもならない時がきっとあるぞ。そのときは俺に言えよ」と言ってくれたのを今でもはっきりと覚えています。

人生の惨めさを味わってきた父だけに、この言葉を聞いて「この人なら、きっと力になってくれる」と思い、私はその言葉を心の支えにして大人になりました。
社会人になってからあることを父に相談したところ、父は完全に忘れていて「そんなこと知るか!」と言われましたが、あの言葉は父が亡くなった今でも私の支えになっています。私も子ども達に、この言葉を伝えたいと思っています。

杉井保之氏 【こおろぎ】より

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