社長ブログ

サロマ・ウルトラ・マラソン

(2006年07月18日)

私は毎月1回、「建設的な生き方を学ぶ会」 という勉強会に参加しています。
インストラクターの波多野さんから『サロマ・ウルトラ・マラソン』に参加したレポートを頂きました。

私たちの会社は7月より新年期を迎えました。第31期です。
新年期を迎えるにあたり、新たな事業計画書も作成しました。
決して簡単な事業計画ではありません。そんなタイミングでこのレポートを頂き、困難なことにチャレンジする勇気と元気を頂きました。

サロマ・ウルトラ・マラソン

 この度、北海道サロマ湖で行なわれました『第21回サロマ・ウルトラ・マラソン』に挑戦してきました。『サロマ・ウルトラ・マラソン』とは、13時間以内100kmを完走する大会です。

今年の初めにCLインストラクターの杉井さんから誘われたときは、「フルマラソンにも参加したことがない私にできるはずがない」「100キロ走ったら体が痛んでしまうのではないか」「そんなことで会社を三日も休めない」「そもそも100キロ走る意味などあるのだろうか」と、出場しないための理由が頭をよぎったのを覚えています。

しかし、杉井インストラクターの「出来そうか出来そうもないかを最初から考えるのではなく、出来そうもないことにCLで挑戦してみるのって、CLを受講してくれている人たちに対して良い見本になると思わない?」という口車に乗せられて申し込みをしました。

行動のヒントに「期限を決める」や「やることを人に宣言する」がありますが、申し込みしたことは期限を決めただけでなく、申し込みしたことは自分に宣言したことになり、迷うことから行動に集中が向かった気がします。
トレーニング期間は3月からの4ヶ月間、目標は100キロ完走です。

 走ったこともない距離ですし、一体どのようにトレーニングすればよいのかも分かりませんでしたので、ランナーズというランニング専門雑誌を買って練習の仕方を調べ、ウルトラ・マラソンの講習会に参加して、経験者の指導の下でトレーニングの計画を立てました。

最初の1ヶ月は「身体を慣らすこと」にテーマを絞り、週に5回、朝40分走りました。
2ヶ月目は、「距離を走る」ことをテーマに、月に300キロを目標に走りました。お休みの日は2時間をかけてゆっくり長い距離を走るようにしました。
3ヶ月目は、「ロングに慣らす」ことをテーマに、50キロ走を2回行うことにしました。
4ヶ月目は、大会がある月ですので「体調を整える」をテーマに、疲労が残らないように留意し、大会前10日前からは走ることとお酒を止めました。

 100kmという大きな仕事も、いくつかのプロジェクトに分けてクリアーしていくのです。
 毎日の練習結果は、手帳に書いてチェックすることにしました。

実際に練習に入って一番苦労したのは、練習時間の確保でした。練習しようと思っても、なかなか練習時間がとれないのです。仕事から帰宅してからでは、日によって帰宅時間が異なるので、練習は自分でコントロールし易い早朝に行うことにしました。

 練習は朝4時からと決めたものの、眠かったり、疲れていたり、走りたくない日がたくさんありました。しかし、それでやめたら感情に流されたことになります。目覚ましが鳴ったら眠くても布団から出て、トレーニングウェアに着替えて靴を履き、外へ出ることにし、走る気がしないままとりあえず歩き始めるようにしました。

 トレーニングを繰り返すうちに体も慣れてきます。同じ時間を走っても次第に距離が伸びてきてきます。そうした良い結果は何よりのご褒美でした。試しに出た10キロマラソンやハーフマラソンの大会参加も、とても良い刺激となりました。

 しかし、何事も計画の通りに行くことばかりではありません。2ヶ月ほど経つと足に疲れがたまってきて、膝や腰が痛くて計画したようにトレーニングが行えなくなりました。また今年の5月は雨が多く、走れない日がたくさんありました。練習をしないでいると、「せっかく走れるようになった身体が、また戻ってしまうのではないか」という不安が湧いてきます。そんなときは気をそらす意味も含めて、走る代わりに腹筋、背筋、腕立て伏せを行ったり、体を休めるためにマッサージを受けたり、温泉に行ったり、計画を立て直すことをしました。

計画通り走っているときは、完走するためのトレーニングに意識が向いていて見落としがちですが、走れない日が続くと、丈夫な体で生んでくれた親のことや、練習の前後にはたんぱく質や炭水化物を増やすなど食事に工夫をしてくれている妻の支えに気づくことが出来ました。北海道をはじめ、各地から応援のメールやはがきも届きましたし、一緒に参加する仲間たちとの声の掛け合いも練習を続けていく上でとても大きかったと思います。もし一人で挑戦していたら練習を続けることはこの何倍も大変だったと思います。

皆に宣言し、仲間と一緒にやることで、練習を続ける事ができのだと思います。
大会当日は、天候にも恵まれてマラソン日和でした。全国から3000人近い人が集まりまっていました。宿泊所、交通規制、救護体制、繰り返し私たちが走れるように準備をこの一日のためにして下さった方が大勢います。ここまでの準備は、本当に大変だったと思います。

マラソンは、一人で走るスポーツのように思われる方も多いと思います。確かに走るのは本人一人の力で走るしかないのですが、沿道での応援、給水所などのボランティアの方のほうが、出場する選手よりも多いです。また、一緒に走っている選手がいることもどれほど私を支えてくれたかわかりません。ウルトラ・マラソンでは、他の選手は競争相手ではなく、支えあう伴走者なのです。

40キロを過ぎた地点から足が痛み出し、50キロを過ぎた頃からは、それがかなり激しくなってしまいました。そんなこともあろうかと用意してあったIパッドで音楽を聴いて気をそらしながらゴールに向け足を動かし続けました。

100キロまでの間では、本当にさまざまな自分と向き合っていました。「もうだめだ」という弱気な私、「まだまだこれから」という強気な私、本当に一瞬一瞬気持ちは移り変わっていくのです。

マラソンは、よく人生にたとえられます。辛いとき、苦しいとき、楽しいとき嬉しいとき、実際の人生にも色々なときがあるでしょうが、どんなときでも私たちの制限時間は時を刻み続けているのです。今回私は、結果として12時間45分で100kmを完走することが出来ました。

 こうしてウルトラ・マラソンに挑戦してみて、CLを学んでいたことがとても大きなことだと思いました。CL的に言えば、「決心」は必要のないものですが、もし「行動のヒント」などを知らなければ、「やってみよう!」という気持ちにもならなかったと思います。大した練習もせずに、ただ苦しいだけの大会となり、そこから何も学べなかったと思うのです。CLを知っていたから出来そうもないことに挑戦し、自分には出来ないと思うことでも、やり方によっては出来る場合もあるということを体験することが出来たのだと思います。
 この挑戦が、CLを学ぶ人の参考になったら嬉しく思います。

波多野氏のレポートより

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