社長ブログ

こおろぎ が届きました

(2006年04月10日)

輝いていますか?「自然な結末」に学ぶ

先日、あるお母さんから「子どもが学校に行かないうえに、無免許運転で捕まって、高校を退学になりそうです。今回は、何とか先生にお願いして退学になるのは免れましたが、このままでは卒業できそうにありません。親が注意しても言うことは聞かないし、どうしたらよいでしょうか?」という相談を受けました。

皆さんならこの問題をどう考えられますか?

中学生になると自我が芽生えますから、親の言うことを聞かなくなるのは、ある程度自然なことだと私は思います。ですから親は、子どもがそうした年齢になる前にしっかりとした生活習慣や考え方を身につけさせておく必要があると思います。

しかし、その時期にしっかりした生活習慣や考え方を身につけ損なった子どもを教育するには、どのようにしたらよいのでしょう?
私は、子どもがとった行動の結末を子どもが体験して、自分で学ぶ以外にないと考えています。

本来人生は
 努力する  → チャンスが与えられる
 努力しない → チャンスが失われる

または
 人を大切にする  → 良い思いをする
 人を大切にしない → 嫌な思いをする

がセットになっているはずです。

欲しいものを手に入れるために努力する人には、応援やチャンスが与えられますが、努力しない人からはチャンスが失われていくのが「自然の結末」なのです。今回のお子さんの場合、学校のルールを破り、学校にも行っていないのですから、進級できないことが自然で、それが子どもさんのためだと私は思います。そのときは残念に思うかもしれませんが、自分のやったことの結末です。そこから学ぶしかないのです。
ところが最近では、「やさしい大人」が増えたために、学校に行く努力をしない子どもが進級する(努力しない → チャンスが与えられる)という、不自然な結末を子どもたちに体験させることが増えてきている気がします。

果たして、「学校の卒業証書」と、「努力しないとチャンスが失われる」という体験とどちらが大事なのでしょう?
「努力しなくても何とかなる(誰かが何とかしてくれる)」ということを学んでしまった人は、自分の思うようにいかないときには、自分のやり方を工夫するのではなく、人のせいにしがちになります。

私も若い頃には無茶なことをたくさんしてきました。しかし、そのたびに大切なものを失ったり、痛い目に遭ったりしたおかげで、少しずつ自分の生き方を変えてくることが出来たと思うのです。

このお母さんに、「卒業証書とルールを守ることのどちらが子どもさんにとって大事だと思いますか?」と尋ねたところ「卒業証書です」と答えていました。そうした教育の結果が子どもに表れているように思えてならないのです。

自然の結末は、決して罰ではありませんし、若いうちに痛い目に遭うことは悪いことではないと思います。それよりも努力しないでうまくいくことのほうが、よほど恐ろしいことなのです。

子どもかわいさのために、問題を先送りにすることが「やさしさ」なのでしょうか?歳を取れば取るほど、自分を直すのが大変になる気がします。
私なら、子どものために「自然な結末」を体験させるのですが…。

杉井保之氏 こおろぎ より

早速、このお話を毎週月曜日に行っている朝礼で取り上げさせて頂きました。
子どもを社会に送出した人、今現在、子どもを教育中の人、これから家族が増える人、色々な立場の社員さんが当社でも働いてくれています。
そして、このお話は子どものことだけにあてはまることではなく、私たち大人にも当てはまることだと思います。

人を大切にする 自分も 他人も・・・。

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